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●コラム

 

デンマークの祝祭日

 

  大方のデンマーク人は,多数の日本人と同様に,特に宗教に熱心な人たちであるとは,とても思えないのですが,それでも,公式には全国民の9割近くが国民教会のメンバーであり,ルター派のプロテスタントです.そのためでしょうか,祝祭日のほとんどがキリスト教に関わりのあるものです.そして,デンマークに一年を通して,あるいは,しばらく住んでみると実感することですが,ファステラウン(fastelavn <四旬節前祭>),ポースケ(påske <復活祭>),ピンセ(pinse <聖霊降臨祭>)などといった祝祭日はデンマーク人の日常に比較的大きい比重を占めているのです.このコラムでは主な祝祭日を概観してみましょう.

 



ファステラウン(fastelavn <四旬節前祭>):移動祝祭日(2/1~3/7の間の3日間)

 

 ファステラウンは,カトリック時代に行なわれていた,ポースケ(påske <復活祭>)前の日曜日を除いた40日間の断食(=四旬節)に入る前の日曜日から火曜日までの3日間を指します.つまり,ファステラウンの日曜日はポースケの日曜日の49日前になるわけです. ファステラウンの起源は,現在でもカトリックの国々で行なわれている謝肉祭あるいはカーニバルに相当する祭りにあったわけで,かつては日曜日と月曜日に豚肉を食べ,火曜日には小麦でできたパンと乳製品を食していました.かつて行なっていた行事の主なものとして,「樽たたき」を挙げることができます.これはキリスト教徒とは関係のない,土着信仰による豊穣を願うための一種の力比べであり,邪悪のシンボルである黒猫を生きたまま樽の中に入れ,男たちが順番に,樽が壊れるまで棒でたたいた行事です. 現在のデンマークにおけるファステラウンは,主に子供たちのお祭りの日と言えるでしょう.子供たちは,動物の面を付け,仮装をし,樽の中に厚紙でできた黒猫とお菓子を入れてそれを叩くなどしてファステラウンを過ごします. また,ファステラウンの丸パン (fastelavnsboller) と呼ばれるパンがあり,現在では主にクリームやジャムなどが詰まったデニッシュペストリーの丸パンを指します.

 



ポースケ(påske <復活祭>):移動祝祭日(3/22~4/25の間の8日間)

 

 ポースケ(påske <復活祭>)は春分の日 (3/21) の後に来る最初の満月の日の次の日曜日と決められています.ポースケの日曜日までの1週間は,静かな1週間 (den stille uge) と呼ばれていて,それぞれの日の名称は下の表のようなっています.

 

ポースケまでの1週間

ポースケまでの1週間/静かな1週間 (den stille uge)
palmesøndagシュロの主日(シュロの日曜日)
blåmandag青い月曜日
hvidetirsdag白い火曜日
askeonsdag灰の水曜日
skærtorsdag清い木曜日
langfredag長い金曜日
skidenlørdag / påskelørdag / påskeaftenポースケ前日/前夜
påskedag / påskesøndagポースケの日(曜日)
anden påskedagポースケの第2日

 

 デンマークでは比較的長いまとまった休日で,現在では日本のゴールデンウィークのようなものとなっています. 風習としては,中身を取り除いた卵の殻に絵を描くなどして作るポースケの卵 (påskeæg),またはハサミで模様を切り抜いた,送り主が誰かを推理する手紙などがあります.

 



祈りの日 (Store bededag):移動祝祭日

 

 ポースケの日曜日の後の第4金曜日が祈りの日にあたります.この日は,1686年に制定されましたが,その目的は一年のあいだに点在する贖罪日と祈りの日を共通の祈りの日として一日に集約することにありました.ですので,この日が何か特別な出来事と関連しているというわけではありません.風習として,祈りの日の前夜 (storebededagsaften) に小麦パンの一種 (varme hveder) を食べることなどが挙げられます.

 



キリスト昇天祭 (Kristi himmelfartsdag):移動祝祭日(4/30~6/3の間)

 

 ポースケの日曜日から40日目の木曜日を指します.現在,特に行なわれている風習などはありません.

 



ピンセ(pinse <聖霊降臨祭>)移動祝祭日(5/10~6/13の間)

 

 ポースケの日曜日から数えて50日目にあたります.現在は,聖霊降臨の日 (pinsedag) と第2聖霊降臨の日 (2. pinsedag) があり,どちらも休日になっています.この聖霊降臨祭には,朝に日の出を見るという習慣や(これは元々,ポースケの日曜日の朝の習慣でした),家族や友人が聖霊降臨祭の軽食会 (pinsefrokost) に集うという習慣があります.

 



夏至祭(聖ヨハネ祭 Sankthansdag):6月24日

 

 夏至自体はデンマークでは毎年6月21日か22日にあたりますが,夏至祭 (sankthansdag) は,教会暦で聖ヨハネ(デンマーク語ではHans)の日である6月24日になっていて,その前夜にあたる6月23日は夏至祭前夜 (sankthansaften) と呼ばれています.

 6月23日の夜にはデンマーク各地で夏至祭を祝うために焚き火 (sankthansbål) が行なわれ,魔女の人形を焼いて厄払いをするという習慣があります.

 



聖マルティヌス祭 (Mortensdag):11月11日

 

 この日は祝日ではありませんが,この日の前夜は聖マルティヌス祭前日 (mortensaften) と呼ばれ,がちょうの肉を食べることが習慣となっています.ちなみに,デンマーク語ではMorten(モーデン)がMartinusに相当します.

 



降臨節 (Advent)

 

 クリスマス前の4週間のことを指し,クリスマスまでに4回の日曜日 (adventssøndag) があります.第1日曜日 (første søndag i advent) は毎年11月27日から12月3日の間に来ることになり,第4日曜日 (den sidste adventssøndag) はクリスマス直前の日曜日にあたります.アズベントのリース (adventskrans) に4本のろうそくを立て,日曜日ごとに1本ずつ新しいろうそくに火を灯すという習慣があります.

 



聖ルシア祭 (Sankt Lucia):12月13日

 

 この聖ルシア祭は,デンマークでは第2次世界大戦後に,お隣のスウェーデンから取り入れられた比較的新しい風習です.学校や施設などでは,白い衣服を身に着け,ろうそくを掲げた冠をかぶった少女たちが歌を歌いながら行進をするといった習慣があります.

 



クリスマス (Jul)

 

 デンマークではクリスマスは家族で過ごすものです.特に,クリスマスイヴ (juleaften) には家族が集まって大きな夕食会が開かれます.またこの日,普段は教会などへ行かないデンマーク人もこぞって教会へと繰り出します.この日は,デンマークでは休日ではありませんが,翌日のクリスマス (første juledag) と第2クリスマス (anden juledag) は休日です.

 クリスマスイヴに食するものには,主菜として「がちょうの丸焼き (gåsesteg)」と「ロースト・ポーク (flæskesteg)」があります.それらを「茶色いジャガイモ (brunede kartofler)」という,茹でたジャガイモをフライパンでバターと砂糖とからめた料理や,「赤キャベツ煮 (rødkål)」という赤キャベツを甘酸っぱく煮た料理と一緒に食べます.また,デザートには「アーモンド入りライスプディング (ris à l’amande)」というお米を砂糖とバニラの実と一緒に煮たものに,アーモンドを刻んだものと生クリームを混ぜ,さらに泡立てた生クリームを混ぜて冷やしたものが出されます.これに温かいチェリーソースをかけて食べます.このデザートにはゲームが付いていて,プディングの中に1粒だけ丸ごと入っているアーモンドを誰が手にするかというものです.そのアーモンドが自分のデザートの中に入っていた場合は,全員がデザートを食べ終わるまで黙っていなくてはいけません.その後で,自分がアーモンドを持っていることを名乗り出ます.そうすると,プレゼントがもらえます.

 クリスマスの時期のお菓子には,「ブラウン・クッキー (brune kager)」,「ねじりドーナツ(klejner)」,「ペパークッキー (pebernødder)」など,様々な種類のクッキーがあります.またクリスマスの時期の飲み物として,「グルク (gløgg / glögg)」と呼ばれる赤ワインに複数の香辛料を入れて温めたものがあり,レーズンや刻んだアーモンドを入れて飲みます.これはglöggの綴りからもわかるように,スウェーデンから来た飲み物です.

 クリスマスの飾り付けには,クリスマスツリーを初め,家のあちこちに「ユーレ・ニセ (julenisse)」という小人の人形を飾ることや,「クリスマスのハート (julehjerte)」を作って飾るなど様々なものがあります.また,「クリスマスカレンダー (julekalender)」という,12月1日から24日まで毎日1つずつ開けることができ,その中に小さなお菓子などが入っている子供向けのカレンダーもクリスマスの習慣の1つです.そして12月に入るとデンマークでは,職場の同僚や友人たちとのクリスマス軽食会 (julefrokost) がよく催されます.これもまたクリスマスの習慣の1つになっています.

 



大晦日 (Nytårsaften):12月31日
新年 (Nytår):1月1日

 

 デンマークでは,新年は友人・知人たちと一緒に祝うことが一般的です.大晦日の習慣として,その日18時30分から始まるマグレーデ女王の演説を家族がテレビの前に集まって見るというものがあります.大晦日には,魚料理(特に鱈)を食べるというのが一般的です.年の変わり目には,至る所で花火が打ち上げられます.また比較的新しい習慣としては,年を飛び越えるという意味で,日付が変わる同時に椅子やソファーなどから飛び降りるというものもあります.

 最後に,参考のために,2010年から2019年までの移動祝祭日の日取りを表にして示しておきます.

 

移動祝祭日(2010年~2019年)

西 暦2010201120122013201420152016201720182019
ファステラウンの日曜日2/143/62/192/103/22/152/72/262/113/3
ポースケの日曜日3/284/244/83/314/204/53/274/164/14/21
祈りの日4/305/205/44/265/165/14/225/124/275/17
キリスト昇天祭5/136/25/175/95/295/145/55/255/105/30
ピンセの日曜日5/236/125/275/196/85/245/156/45/206/9

 



クリスマスのris à l’amandeをめぐって

 

 デンマークのクリスマスディナーに欠かせないものの一つにお米があります.お米の作れないデンマークで,なぜお米なのでしょうか?

 かつてのデンマークの食卓には穀物で作ったお粥 (grød) が欠かせませんでした.人びとは毎日のように大麦 (byg) やオート麦 (havre) やライ麦 (rug) で作ったお粥を口にし,祝祭日にもお粥が出されていました.ただし,日頃は水で煮たお粥 (vandgrød) であったのに対し,祝祭日には牛乳(日本のふつうの牛乳に相当する sødmælk)で煮たsødgrød(直訳すると <甘い粥>)でした.そして,お米が輸入され始めると,お米を牛乳で煮たrisengrød <米のミルク粥> が作られ始めるわけですが,当初,お米は庶民にとって贅沢品でした.これは都市部の市民階級の間でも同様でしたが,彼らはクリスマスディナーには豪華なrisengrødにお金をおしまないで,クリスマスを祝わなくてはならないと考えました.そうして,risengrødは1800年代の初めにコペンハーゲンで流行し始めた後,デンマーク全国に広がっていくのです.

 risengrødは,ほとんどの日本人にとって,初めて口にするときにはかなりなショックを受けるようです.温かいrisengrødにシナモンシュガーをふりかけ,バターを1かたまり落として食べるのです.米の粥に砂糖をかけて食べるなどということは許せることではない,と大抵の日本人は思うのです.日本人がrisengrødをふつうに食べるようになるためには,よほどの覚悟と慣れが必要でしょう.

 1900年頃にrisengrødが庶民のものとなると,もはや豪華なものではなくなったために,ris à l’amandeなるrisengrødの新しいバージョンが誕生します.risengrødは温かい料理であり,前菜となるのに対し,ris à l’amandeは,言ってみれば,risengrødを冷やしたものに温かいチェリーソース (kirsebærsovs) をかけて食するデザートです.

 クリスマスイヴ (juleaften) のディナー (julemiddag) は,今日では,メインディッシュの前に前菜としてrisengrødが出されるか,メインディッシュの後にデザートとしてris à l’amandeが出されるかの2パターンが考えられます.どちらの場合にも,皮をむいた丸ごと1個のアーモンド (mandel) が入っていて,これに当たった人は,昔は,例えばその晩は好きな人の唇にキスをしても良いといったようなある種の特権が与えられたと言われます.今日では,チョコレートとかmarcipangris(マジパンで作った豚)などといったささやかなプレゼント(アーモンドプレゼントmandelgave)をもらうのがふつうです.

 このアーモンドプレゼントをめぐっていろいろな逸話があります.というよりも,この1個の丸ごとのアーモンドをめぐって逸話があると言ったほうが正確でしょうか.

 上でも述べたように,risengrødは大抵の日本人にとって苦手な食べ物ですが,デンマーク人の中にもこれが大嫌いな人がいるようです.子どもの中にもあまり好きではない子が大勢います.しかし子どもは,アーモンドプレゼントがほしいばかりに,アーモンドを当てた人が名乗り出るまで,risengrødを何度もお代わりをすることになります.アーモンドを当てた大人は,子どもたちに何度もお代わりをさせようとして,アーモンドを口の中やナプキンの下やポケットの中などに隠して,知らぬ顔で黙って見ているのがふつうです.そうしたら,「子どもたちがメインディッシュをあまり食べられなくなって,経済的だから…」という説もありますが,真意のほどは定かではありません.大人の場合でも,risengrødが嫌いだと言っても,クリスマスには欠かすことのできない食べ物ですので,仕方なく食べることになります.嫌いな物はよく噛んで味わう代わりに,呑み込んでしまという人がいます.すると,そこに悲劇が生じることになりのです.社会風刺とユーモアで知られる作家Finn Søeborgのエッセーの中で,Finn Søeborg自身もrisengrødが大嫌いなのですが,それに輪をかけて嫌っているおばあさんが登場します.このおばあさんにとって,お代わりなんかとんでもないことで,義務で食べなくてはならない一杯分もできるだけ少量にしてもらい,それも呑み込んでしまいます.みんなでrisengrødをたいらげてしまっても,アーモンドを当てた人が名乗り出てこないことがあります.すると,そのおばあさんが呑み込んでしまったからだろうということになり,おばあさんがいくら異議を唱えても,アーモンドプレゼントの名誉 (?) はおばあさんのものとなってしまう,というお話です.

 このような事情とは異なるケースで,アーモンドプレゼントを当てるアーモンドが出てこないことがあります.アーモンドプレゼントの習慣のことに無知な外国人が同席する場合がそうです.無知な外国人は,丸ごとのアーモンドを,さすがに呑み込んでしまうことはないでしょうが,ボリボリと噛んで食べてしまいます.そしてrisengrødがそろそろ片付くころになって周りの人たちがザワザワし始めても,みんなは一体何を騒いでいるのかが,すぐには理解できません.最後に,自分が犯人であるということが判明し,周りに爆笑の渦を巻き起こすことになります.そういった話は時々耳にしますので,みなさんも気をつけましょう!