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アラビア語豆知識1

広大なアラブ・イスラーム文化の空間へようこそ

~~ アラビア語の「書き言葉」と「話し言葉」 ~~

 アラビア語を学び始める前に、その言葉や社会の特徴について、ぜひ知っておいていただきたいことがあります。それは、私たちの日本語や英語などと比べて、あまり知られていないアラビア語の歴史文化的な背景についてです。
 アラブ人は紀元前9世紀に歴史文献に登場して以来、メソポタミアの古代文明圏の周縁でゆっくりと自らの社会を成熟させ、遊牧社会とオアシス都市のネットワークの中で言語文化を育んできました。そうした長期の準備期間を経て、ご存知のように、7世紀にはアラビア語で啓示されたクルアーン(コーラン)の教えを中核として、イスラーム世界とその文化が成立発展し、人類文明に多大の貢献を果たしてきました。
 現代のアラビア語世界は、まさに、この事実に由来する大きな特徴を持っています。アラブの言語文化の中で生み出されたクルアーンの言語は、アラブ人口の何倍ものイスラーム世界の文化を担う役割を果たし、アラブ世界と非アラブ世界に不可欠の文明言語として成長しました。文明言語とは、文字表記による「書き言葉」を意味します。この結果、アラビア語を母語とするアラブ人の社会の中で日々使用される「話し言葉」は、次第に書き言葉と違ったものとなり、現代アラブ社会では、書き言葉と話し言葉がずいぶん異なってしまいました。預言者ムハンマドとほぼ同世代である聖徳太子の頃の日本語(7世紀)と現代日本語が異なることを、私たちは自明のことと受け止めています。英語なら、その記録が始まる前なので、同時代の比べるべき言語記録もありません。
 18世紀末から始まったアラブ世界の近代化にともない、アラビア語は様々な言語改革を経て今日の「現代標準アラビア語」(書き言葉)として発展してきました。ですから、皆さんはアラブ世界の共通語としてこの言葉を学びます。もちろん、アラブ世界各地域の話し言葉とは大きく異なりますが、皆さんが学ぶアラビア語は、広大なアラブ世界のどこでも理解され尊敬される言葉です。いわば、広いアラブ世界への「国際パスポート」と言えましょう。
 同時に現代標準アラビア語は、発音や語形変化の骨格は、クルアーンの言語と同一です。この言葉を学べば、広大なアラブ・イスラーム文化の世界に、時代と場所を越えて飛び立つことができるのです。いわば、過去現在のアラブ・イスラーム世界への「文化パスポート」ともなるのです。現代世界で使用されているどの言葉も、言文一致のために、不幸にも過去の世界を学ぶには、「古典××語」を学ばねばなりません。しかし、アラビア語はその逆なのです。皆さんが今学び始めようとしているアラビア語の、大きな特徴がお分かりいただけたと思います。
 とはいえ、アラビア語が特別に難解であるわけではありません。大きな文明を支えた言語への敬意と憧れと真摯な気持ちがあれば、その扉は自ずと開くでしょう。第一に、アラブ世界の市民がこの言葉を楽しく使っているのです。人類の同胞として、私たちが習得できない筈はありません。
 最後に、話し言葉について一言します。大まかに言って、それぞれの国には、その首都の話し言葉を中心とする主要な話し言葉があります。何しろ広大なアラブ世界ですから、それらの間の言語差は、率直に言って相当大きいと言わざるをえません。フランス語とイタリア語の違いのようなものです。しかし、書き言葉をマスターすれば、各地方の話し言葉を身につけるのは、ずいぶん簡単です。その土地に行き、数か月もすれば、日常生活に支障はなくなるでしょう。易き門(話し言葉)から入った道は難き門(書き言葉)の前で行き止まりになりますが、難き門から入った道に行き止まりはないのです。
 このアラビア語学習プログラムから歩み始める皆さんは、そうした行き止まりのない道を、どこまでも歩み続けられることを確信しています。アッラーのご加護が皆さんに上にありますように!

 

(大阪大学世界言語研究センター教授 高階美行)

[本コンテンツの作成では中道静香氏(日本学術振興会特別研究員、天理大学非常勤講師)に、内容のチェックと修正では広松克彦君(大阪大学言語文化研究科言語社会専攻博士前期課程2年)に、デザイン・構成・作業統括では岩成英一氏、小幡信氏を初めとするプロジェクト作業チーム各位に多大のお世話になったことを特に記して謝意を表する。]